谷啓氏ご逝去
2010年 09月 12日
谷啓さん急死…自宅で転落し頭を強打
(デイリースポーツ)から引用
急死した谷啓さん クレージーキャッツのメンバーとして活躍し、
「ガチョ~ン」などの流行語を生み出した
俳優の谷啓(たに・けい、本名渡部泰雄=わたべ・やすお)さんが
11日、午前5時7分、脳挫傷のため、東京都三鷹市の病院で死去した。
78歳。葬儀・告別式は密葬で行い、後日お別れの会を開く。
喪主は妻・和子さん。
10日に三鷹市の自宅の階段から転落し、頭を強打して病院に搬送されていた。
◇ ◇
数々のギャグや温厚そうな丸顔で、1960年代、
高度経済成長期の日本に朗らかな笑いをもたらした谷さんが、
悲しい最期を遂げた。
谷さんは10日午後6時ごろ、自宅の階段でつまずくように転落し、
顔や頭などを強く打った。すぐに杏林大病院に搬送され、入院したが、
容体は回復せず、11日午前5時7分、家族に見守られながら息を引き取った。
死因は脳挫傷だった。
関係者によれば、昨年から体調を崩し、自宅で療養生活を送っていたという。
遺作となったのは昨年12月公開の人気映画シリーズの完結編
「釣りバカ日誌20 ファイナル」。
ラストの1シーンのみの出演で、舞台のカーテンコール風の演出だった。
昨年6月に行われた撮影では気丈に振るまい、主演の西田敏行(62)、
三國連太郎(87)ら1作目からの仲間と20年以上に及んだ労をねぎらいあった。
1956年にクレージーのメンバーとなり、
よくしゃべる陽性のキャラクターの故植木等さんに対し、
口数は少ないながら急所で笑いを取る役どころで存在感を示した。
素顔の谷さんは、テレビで見る印象通り、優しくおとなしい人だった。
周囲が「もっと前に出ればいいのに」と気をもむほどだったが、
本人はいつもひょうひょうとしていたという。
クレージーのメンバー・犬塚弘(81)は
「自慢話もせず、目立たないように振る舞う人だった」、
クレージーの付き人だったなべおさみ(71)も「シャイな方」と
優しく温かい人柄を明かし、突然の死を悼んだ。
谷さんは俳優としても62年の「ニッポン無責任時代」をはじめ、
映画「無責任」シリーズなどで高い演技力を発揮。
70年代からは「寺内貫太郎一家」などのドラマや
「屋根の上のヴァイオリン弾き」といった舞台などで名脇役として活躍した。
07年春に亡くなった植木さんをしのぶ「さよならの会」では
葬儀委員長を務め
「ともに夢を追い、夢をもらい、50年以上がたった。お疲れさん、植木やん、さようなら」
と優しく語りかけた谷さん。
ハナさん、植木さん、安田伸さん、石橋エータローさん…
クレージーのメンバー4人が待つ天国へ、旅立った。
(2010年9月12日)
・・・引用終わり。
上の記事の通り、お笑いに俳優にと、魅力たっぷりに活躍した方です。
78才って・・・まだまだ早いのになぁ(´・ω・`)。惜しいし残念です。
そして、コナミ音ゲーの参加アーティストの一人でもあります!
だから、あえて”音楽ゲーム”カテゴリーにしました。
”beatmania GOTTAMIX”で”NaHaNaHa vs.Gattchoon Battle”で、
”ナハナハ”のDJ SENDAことせんだみつお氏と
”ガチョーン”のTiny Kこと谷啓氏が
DJバトルをする、というもので、IIDXの方にも少しだけ移植されて、
今でも語り草になっているコミカルな名曲です。
個人的にも、今やっても十分楽しめて好きです( ´∀`)。
いざ勝負!
ガチョーン!
一般視聴者として、そして、音ゲーマーとして、
いいもの作ってくれてありがとうございました、
お疲れさまでした、と言いたいです。
ご冥福をお祈りします。
黙祷